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2013/05/18

公開される建物情報<第4回>「旧矢篦原家住宅」

この建物は常時公開されていますので、すでにご覧になった方も多いのではないのでしょうか。この建物の特徴は、合掌造りの二大機能である「住居」と「仕事場」のほか「宿泊施設」機能が付加されている点です。
そのため、式台玄関が設けられ、畳の部屋数が多く、建物自体が大きくなっています。
次の平面図でいうと左半分が、家人が通常使用しない部分です。



誰のための宿泊施設であったのか、仏教関係者、又は奉行所役人ではないかと言われています。仏教関係者ではないかという根拠として、二階に設けられている「火灯窓」(仏教的な意匠)が挙げられます。




この建物は、建っていた場所が御母衣ダム建設によるダム湖の計画エリアで、水没の運命となったため、昭和35年に三溪園に移築されました。現在では、多くの地域で「○○民家園」という名称で、その地域の特徴、歴史ある建物を保存していますが、当時はそのような建造物の野外博物館がなく、三溪園に移築されたようです。
ダム建設で有名なエピソードは、やはり水没エリア内のお寺にあった2本の老桜移植です。水没エリアから引き揚げられた桜は、「荘川桜」と名付けられ、現在、高山と白川郷を結ぶ国道156号線沿いにありますので、見られた方も多いのではないでしょうか。

建物を見ていただく時に見過ごしていまいそうなところとして
一階では「ちょうだ」(最初の平面図の赤い長方形部分)の奥にある階段の上に部屋があります(いわゆる中二階)。息子夫婦の寝室だったと言われています。公開はしませんが、階段下から見上げていただければ部屋があるのがわかると思います。



二階では、手摺を見ていただきたいと思います。非常に光沢がありますが、特に塗装をしてあるわけではありません。長年、1階で使用している囲炉裏の煙が付着し、そこをから拭きすることにより、生まれた光沢です。



そのほか、屋根の構造材の結束に使用するネソを確認していただければと思います。構造材をよく見ると縄で縛られた部分と枝がからんでいるように見えるところがあります。その枝が、合掌造りで使用される結束材で「ネソ」と呼ばれています。普通は、マンサクの若木が使用されます。