内苑施設
ちょうしゅうかく
聴秋閣
Choshukaku
- 重要文化財
- 通常内部非公開
聴秋閣は「徳川家光の上洛に際し、1623年(元和9年)に二条城内に建てられ、のちに家光の乳母であった春日局に与えられた」と嫁ぎ先の稲葉家の江戸屋敷に伝えられていました。その意匠は、幕府の造営・修繕に関わる作事方を務めた佐久間将監によるものといわれ、3つの屋根を組み合わせた外観から移築前は「三笠閣」と呼ばれていました。奥の畳の間より一段低くした入口部分の床面には木製のタイルが敷き詰められおり、水辺から舟で直接上がり込むための空間として舟遊びを意識した意匠であったことが想像されます。
1922年(大正11年)に三溪園に移築される際に原三溪はその名を「聴秋閣」と改め、周辺を秋に紅葉を楽しむ風情としました。また、聴秋閣の移築をもって三溪園は完成となりました。
聴秋閣のみどころ
勾欄
斗栱で張り出した渓流に臨む勾欄
葵の葉
襖には金で描かれた葵の葉。徳川家由来の建物であることを髣髴とさせます。
その他のみどころ
-
床の間が斜め45度に設けられている大変変わったつくり。
-
床の入り口の在りように合わせて天井も意匠が異なっています。
-
入り口には「四半敷」という斜め45度に並べられた木製のタイル。木目の違いを模様のように扱っています。
-
2階に上がる階段は、狭い空間でも上りやすく、かつ下の茶道口に干渉しないよう、絶妙なカーブを描いています。