三溪園通信
震災からの復興祈った小唄
2025.09.02
大正12(1923)年に起きた関東大震災は横浜に壊滅的な被害をもたらし、当時国内首位を誇った貿易港としての経済的基盤が損なわれたばかりでなく、市民には精神的に大きな喪失感を与えた。横浜市復興会会長、横浜貿易復興会理事長などに推されて就任した原三溪は、横浜の復興事業に尽力する一方で市民にも目を向け、その活気を取り戻すために自ら作詞した「復興小唄濱自慢」を花柳界を通じて広く唄わせた。
4番で構成される歌詞はいずれも「横浜よいところじゃ」から始まり、それぞれ横浜の四季の情景が謳いこまれている。
三溪園には以前からカモメの画にその歌詞を記した三溪自筆の作品が遺り、当時の新聞にはレコードも発売された旨の記事が確認されていたものの、その曲調など詳細は長年不明のままだった。そんな中、平成21(2009)年に市内の一愛好家により昭和5(1930)年の再録盤が、次いで23(2011)年には初録盤が発見され、話題となった。再録盤には作曲者として、開港期の横浜で発祥した日本舞踊の流派・七々扇(ななおうぎ)流二代目の家元・小橘(こきつ)の名の記載があった。
今秋10月に行われる観月会では、その一演目として5代目家元率いる同流派による濱自慢の舞が披露される。原三溪にゆかりの深い音曲、そして舞をぜひゆかりの地・三溪園でご堪能いただきたい。
三溪園に遺される、原三溪筆「濱自慢」(大正14・1925年)

(2025年9月号広報よこはま中区版寄稿)














