三溪園通信
三溪園の中の”岐阜”
2024.01.01
外苑の最奥に風格あるたたずまいを見せる旧矢箆原家住宅は、飛騨白川郷の荘川村(現・高山市内)にあった、現存最大級を誇る合掌造りの古民家である。原三溪が自らの生地・岐阜にゆかりのある建物を収集したと思われがちだが、実は三溪園が原家から財団に移管となった戦後に移築された、ニューフェイスの歴史的建造物だ。三溪は在世中、このあたり一帯を山里の風情に造り“白露の里”と呼んだ。このゾーンに小さな石置き屋根の田舎家を置き、周辺には畑や竹林、鶏を入れた籠、井戸などを配して、田舎の暮らしを疑似体験できるような演出を施した。この田舎家が失われた跡地に建てられたのが旧矢箆原家住宅である。時は高度経済成長期半ばを迎えた昭和35(1960)年、各地の古民家が急速に失われていった反面、その危機感から民家を集めた博物館が多く設立され、保存が叫ばれた時代でもあった。
移築の際には同時に一千点余もの飛騨地方の民具も集められた。今や収集が困難な飛騨の生活を物語る、貴重な民俗資料群である。毎年、年末も近くなると古民具が置かれた建物内には、飛騨の正月飾り“花餅”が飾られる。深い雪に閉ざされる冬の飛騨では正月に神様に備える花の大用として脇から枝が伸びた期の切り株を山から採取し、これに餅を巻きつけ飾る風習がある。寒さが底を迎えるこれからの時期、建物と併せてぜひ楽しんでいただきたい光景である。
花餅が飾られた旧矢箆原家住宅内部。毎年ボランティアによって作られる正月の風物詩である。

(2024年1月号広報よこはま中区版寄稿)














