三溪園

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三溪園通信

120年前の開発プロジェクト

2026.05.25

明治39(1906)年の開園から、三溪園は今年、120周年の節目を迎えた。

創設者・三溪はこの開園にさまざまな思いを込めている。「美しい自然の風景はむやみに私有するものでなく、むしろ皆で楽しむべき共有財である」、「各地から集めた歴史的建造物を公開することで日本の文化を見直してほしい」。開園に踏み切った動機としてこんなメッセージを当時の新聞に寄せている。しかし、三溪園の開園にはもう一つの側面、三溪の実業家としての意図があった。

明治32(1899)年、先代・善三郎の死去により事業を受け継いだ三溪は、個人商店を会社組織に改め、経営の刷新を図った。若い人材を積極的に登用し、主軸の蚕糸事業を拡大させる傍ら、新たに地所部を設立して宅地開発の事業を展開した。開港以降、横浜では人口が急増し住宅の需要が高まった。また、明治44(1911)年には横浜電気鉄道の本牧地域への延伸が予定されていた。この好機に着目した三溪は、所有する三溪園周辺の広大な土地を住宅地として造成した。そしてその最奥に三溪園が公園として置かれたことで、地域の価値が高まることとなった。

三溪園の開園は、宅地開発というビジネスと社会貢献としての文化の保護・育成という、相反する二つをみごとに組み合わせた、実業家、文化人の両面に才能を発揮した三溪の面目躍如たる事績といえる。

大正時代頃の三溪園入口。三溪園の開園が本牧地域に賑わいとブランド価値をもたらした。

(2026年5月号広報よこはま中区版寄稿)

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