三溪園通信
園主が愛した花
2025.07.02
三溪園で夏を代表する花といえば、蓮。今では正門入口のすぐ右手の蓮池に集められているが、園主・三溪の在世中は大池一面に植えられ、季節になると三重塔を背景に、池を覆いつくす葉の上に無数の花が天を仰いで咲く壮観な光景が眺められた。
古来、泥の中から清らかな花を咲かせる蓮は、仏教や儒教では“聖者の花”とされ、尊ばれてきた。三溪はこの蓮をどの花よりもとりわけ愛好した。自ら好んで蓮の絵を描き、所有した数棟の茶室のなかでも、最も多く茶会を催したのは自らの構想で建て、その名も蓮華院とした茶室だった。晩年には、この蓮華院を中心に三溪園内や京都・箱根・伊豆の別荘で開いた茶会について「一槌庵(いっついあん)茶会記」という記録をまとめている。これをみると、三溪が蓮の花を愛でる茶会をよく催していたことがわかる。大正7(1918)年には事業と古美術蒐集の両面で交流が深かった実業家の益田鈍翁(どんおう)夫妻を主客に数名を招待している。舟遊びの趣向を採り入れたこの茶会では、早朝に正門で客を迎え、ここから蓮の生い茂る大池を舟でこぎ出し、対岸の寒月庵(現在の林洞庵の位置にあった建物)で料理と茶をふるまった。途中、客の一人が出された梅干を池から採った蓮弁に包み口にする場面があるなど、まさに三溪の面目躍如たる風雅な茶会だった。
昭和14(1939)年8月、三溪はその生涯を閉じた。葬儀にあたっては一切の供花・供物は固く辞退され、奇しくもその最期を飾ったのも園内から採られた数本の蓮であった。
三溪園大池の蓮(昭和初期)

(2025年7月号広報よこはま中区版寄稿)














